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2018-12-08

迷鳥(12)

ネジイエローの用意したマスクが洗脳の機能を持つものであることは確実だった。
「そ、そんな……っ!」
より一層の力で両手と両足の拘束を解こうとする。だがやはり厚いテープの層はギュウギュウと音を立てるだけでびくともしない。椅子に縛り付けられているブーツから足が引き抜けないかと思い付き、膝を上げたり、爪先と踵とを交互に持ち上げたりといった動きを試してみるが、グローブと同じくスーツと一体になったブーツが脱げることはなかった。
「貴女やダイレンジャーのこと、興味はあるわ。でも調査は後よ。ひとまず…… 少々荒っぽい方法でやらせて貰おうかしら」
「ま、待ちなさい! 何を……!」
首を振ってマスクの装着から逃れようとするホウオウレンジャーの首をネジイエローは右手でがっしりと掴み、後ろへ押さえつけて、椅子の広い背凭れに背中や両肩を密着させる。
「うあぁっ! やめ…… やめっ!」
ネジイエローの左手に保持された洗脳マスクが、ピンク色のフルフェイスマスクの頭上から更に被せられていく。
鬼の面のようなマスクの裏面が、剥き出しの回路や電子部品で埋め尽くされているのを間近に見た次の瞬間、ホウオウレンジャーの視界は完全な闇に変わった。

「……うぅっ!?」
まだ喉元を強く押さえ付けられている。マスクの重みを頭に感じながら、何とか首から上を動かそうとしていると、今度は耳に栓をされたかのように聴覚までが急に遮断された。
「ぁ…… あ……っ! 何、何なの!?」
目を開けても閉じても何の光も差さない空間に、自分の声だけが響く。数秒前まで、縛られて敵と向かいあっていたはずが、なぜか全く別の場所へ飛ばされてしまったように感じた。しかし、当然のことながら手や足は固い椅子に縛り付けられたままなのだ。
「ね、ネジイエロー! これは一体……!」

自分の名を呼ぶ声にネジイエローは答えず、傍らの小さなモニターを覗き込んでいる。PCのディスプレイではなく、粗いドットの英数字だけが単色で表示されている5インチほどの画面だ。
「繋がったわね」
椅子の方を振り向くと、ホウオウレンジャーに被されたマスクの耳かこめかみのあたりに数本のケーブルが接続されているのを確認する。
「聞こえる? 聞こえてないわね、はいはい」
洗脳マスクで覆われていない、ピンク色のマスクの頰を指先でトントンと叩くと、ホウオウレンジャーがびくんと反応して大声を上げながら椅子の上で身体をめちゃくちゃに捻った。

(製作中)
2018-11-04

迷鳥(11)

一方、ホウオウレンジャー・天風星リンは大学内の全く違う場所でネジイエローに遭遇し、互いに向かい合っていた。
「きっと口紅歌姫を探していたのでしょうね、残念でした」
ネジイエローは部屋中に積み上げられた作動中の各種機器に囲まれ、脚を組んで椅子に腰掛けたまま、入り口に立つピンク色の戦隊スーツ姿のホウオウレンジャーに笑いかけた。

講義棟のPC教室の隣、コンピューターの周辺機器や音響・映像関係の機材が雑然と保管されている部屋にネジイエローは陣取り、ありったけの機械を接続して何かを始めようとしているところだった。LEDの点滅や冷却ファンのモーター音が部屋の中に不穏な雰囲気を漂わせている。
「口紅歌姫に会ったのね!」
「ええ、貴女を探しているようだったわ。上手く行かないものね、私はメガイエローに来て欲しかったのだけど」
「私は……」
そう言いながらネジイエローの居る室内に踏み込んだホウオウレンジャーは、足元の太い黒色の電源ケーブルが急に蛇のように跳ね上がり、ほつれた銅線を露出させている切断面が膝上の内腿あたりに押し付けられるのを感じた。
「うぐぁああああっ!!」
その瞬間、ケーブルのその部分から火花が吹き出し、スーツ越しにホウオウレンジャーの身体へ高圧の電流を迸らせた。
通電は一瞬の間のこと、破裂音と共に部屋の電源ブレーカーが落ち、照明はもちろん各種機器が全停止してから数秒後、ネジイエローが片手を上げるとそれらが元通り復旧した。

「ぁ…… あぁ……」
ホウオウレンジャーはスーツの太腿の、通電を受けた箇所に黒く小さな焦げを作り、そこからわずかに煙を上げながら、ケーブル群の這う床の上に横倒しになって呻いていた。床に垂れたケーブルの端の被覆ゴムが高熱で溶け、ジュクジュクと泡立っている。
「あら、この程度の電気でもう動けなくなるの?」
(あ、脚…… あしが……っ!)
腰から下の感覚がほとんど失われてしまったようだった。光線や熱ではなく、純粋な電撃を敵から浴びせられたことはない。スーツの耐久力が通用しない攻撃をいきなり受けてしまい、完全に不意を突かれてしまった。
「では」
ネジイエローは椅子から立ち上がり、床でもがいているホウオウレンジャーのマスクを掴んで引き起こすかのように、額のあたりに掌を押し付ける。
「う…… うぁああああぁっ!」
ホウオウレンジャーがまた絶叫する。電撃責めの苦痛とは違う、得体の知れない不快感だった。硬いマスクの上から触られているのに、その中を、頭の中身をじかに手掴みされているような感覚。
手を払い退けたいが、脚だけでなく全身に力が入らなかった。マスクに刻まれた鳳凰の彫刻を手のひらで撫で回されながら、脳の表面が痒くなるような嫌悪感に苛まれて声を上げ続ける。
「なるほど…… 面白いスーツだわ。ほとんど旧式の集積回路ばかりなのに、ナノマシンに近い発想のモジュールもある…… 表面素材も……」
「ぅああぁぁ! ああっ!」
気力やエネルギーではなく、スーツの持つ情報が吸い出されているということが、原理は全く分からないながらネジイエローの言葉から何とか読み取れる。脱力感と身体の強張りに抗ってようやく相手の腕に手を掛けようとしたときに、マスクから手が離れた。
「……あっ!」
床に崩れ落ちたホウオウレンジャーは息を弾ませ、薬品か何かで汚されてしまったようにも感じるマスクの額を押さえる。しばらくその場にうずくまって、身体の感覚が混乱から復帰するのを待つ。
ネジイエローがその場に立ったままPCのキーボードや機材のスイッチ類を盛んに操作するのに不吉な予感を覚えて逃げ出そうとしたが、その動きはすぐに察知され、脚を後ろから踏みつけられた。

* * *

ホウオウレンジャーは身体に力が戻る前に引き起こされ、部屋の中央に置いた使い古しの椅子に座らされた。両手は背中の後ろで一纏めに括られ、両足はそれぞれ足首のあたりを椅子に縛り付けられている。手足ともに、無造作にガムテープをぐるぐると巻きつけただけなのだが、それでも全く抜け出せないのが屈辱的だった。
「ふうぅ…… んっ! こんな物……!」
何重にも巻かれた薄茶色のテープを身をよじって引き千切ろうとするが、厚いテープの層がミシミシと軋む音がするだけで、背凭れの後ろに固定された腕が自由になる気配は全くない。足元も同じだ。強い粘着力のテープで細いスチール製の角柱にそれぞれ縛り付けられたブーツはギチギチと音を立てるだけ。
「んうぅっ…… ち、力が……!」
思うように力が入らない身体に苛立つピンク色の戦士をネジイエローが笑う。
「どうも勘違いしてるみたいね。貴女の筋力はスーツで増強されても元々その程度。私が何かしたわけじゃないわ」
「なっ……!」
予想外の言葉に戸惑うホウオウレンジャー。確かにこのようにガムテープで手足を固められたのを千切って脱出した経験はないが、ゴーマの拘束具でもないものにこんな苦戦をするとは思えない。数時間前から断続的に戦闘員や女怪人達と戦闘を繰り返したことで、思った以上に気力と体力を消費してしまったのかも知れなかった。

(で、でも……!)
意識を集中し、気力の力を呼び起こして…… としはじめたホウオウレンジャーの前に、胸元に何かを抱えたネジイエローが立つ。
「準備ができたわ」
その両手に捧げ持っていたのは、ネジイエローのマスク上半分をそのまま取り外してきたような、鬼の面や昆虫を思わせる黒と黄色のメタリックな仮面だった。頭上から被るようになった構造と内側に張られたクッション材が「ヘッドギア」という単語を想起させる。
(何……!?)
それが自分に被せるため用意されたものであることを薄々理解しつつも、ことさら語気を荒めて目の前の怪人に尋ねる。
「何よ……っ!」
「口紅歌姫のやり方を参考にしたのよ。兵士より自由に使える駒を作る……」


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2018-10-28

迷鳥(10)

全身の痺れと微かな冷気を感じて、メガイエローはゆっくりと意識を取り戻した。
冷たさの原因はタイル床の上にうつ伏せに横たわっているせいだった。メガスーツは解除されずにいる。あれから数分だけ気を失っていたということ、拘束が解けていることを理解するが、身体はすぐに動きそうになかった。

「ほほほ、死んではいないわ」
口紅歌姫が聖歌隊員に話しているらしき声が降ってくる。その声色は今までと同様に油断しきっている様子だった。
(……そうよ、死ぬわけないわ……!)
胸の傷口に意識を向けてみる。異物を突っ込まれた不快感はどうしようもなく残っているが、身体も、スーツも、致命的なダメージを受けたとは思えない。
(まだ…… 戦える!)
はっと気づき、首をわずかに横へ向けると、思った通りさっき取り落としたメガスナイパーはすぐそばの位置にあった。
迷う間も無く跳ね起き、痺れた手足を動かして床のメガスナイパーを掴む。
「……っ!」
聖歌隊に周囲を守られた怪人の姿を確認した後、両手で構えたメガスナイパーの照準をそちらではなく天井に向ける。
引き金を引くと、発射音と共に光線の熱が火災報知器の横を焼き焦がし、一呼吸の空白の後にスプリンクラーの放水が部屋の全体へ降り注いできた。

「なっ、何! 何をしたの!」
顔に水を浴び、正気を取り戻して騒ぎ始めた聖歌隊員に囲まれて、状況の理解できない口紅歌姫がそれ以上に慌てふためいている。
シャワーのような水を頭から浴び続けながらメガスーツの左肩を手の平で撫でると、紫色で描かれた唇はずるりという感覚とともに水に溶けて流れ、腕に残っていた違和感ごと消失した。
「……やっ!」
厚いカーテンの向こう側のガラス窓にメガスナイパーの銃把を力任せに叩きつけて割り、メガイエローは音楽堂の建物から転がり落ちるようにして脱出した。

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2018-07-15

迷鳥(9)

ジンジンと痛み続ける、紫色のハートマークに変化した傷のうち、メガイエローの目から直接見える位置にある左肩に付けられたものを、1人がそっと指先で触れる。
「うっ!」
大きく裂けた「傷口」に訪れた感覚は、まるで剥き出しの肉か粘膜にじかに触られた時のようで、思わず目をつぶり、首を引きつらせて鋭い声を上げてしまう。しかし、操られた人間の指はそんな反応には無遠慮だった。紫色のぷっくりした唇が黄色いスーツに浮き出した境目に沿って、その濡れたような表面を、指の腹でつつつと撫でさする。
「ふっ、くふぅぅ……! うっ!」
自分でもこの反応は異常だ、という声がメガイエロー、千里の口から漏れ出した。
肩の傷口であり、唇なのだ。いくらこのような極限状況だからといって、唇に指で触れられてこのような声を上げ、上半身を大きくびくりと動かしてしまうほどの身体感覚があるはずがない。鼓動がますます早くなり、血の気の引いていた身体が熱くなって、マスクの中の本物の唇を開けてはあはあと荒い呼吸を繰り返す。
その焦りとは対照的に、指の持ち主は依然として無表情を貫いたままで、何の感情も読み取れない。前方で薄笑みを浮かべて無言でいる口紅歌姫が実質的な責め手だといえた。

いちど唇から離れていた女性の指が、先程のような唇の際ではなく、唇の中央、唇の閉じ合わせのあたりに押し付けられた。唇をこじ開け、内側に入り込もうとするかのように指先の向きを変えると、濃い色のマニキュアで彩られた爪が柔らかな唇の膨らみに食い込み、メガイエローをまたあの感覚に引き入れていく。
「くぅ、うっ……! う、うぁ……」
触れられている唇を中心に、ビリビリと広がっていく電気のような甘い痛覚。考えたくはなかったが、女怪人の付けたこの「唇」は、性器に近い感覚を持っているとしか考えられなかった。
(わ、私の身体に、何を……!)
手の届かない口紅歌姫をマスクの中で睨み付けると、その気配に気付いたらしい口紅歌姫が腕組みのポーズをやめてメガイエローに近付いてきた。
「面白いでしょう。こんなもの、ネジレジアにある?」
そう言って唇型の青龍刀をメガイエローに突き付け、その鋭利な先端で、最初に胸元に縦に付けた紫のキスマークをチョンと小さく触れた。
「ふぅああぁっ!!」
強烈な刺激だった。武器の性質によるものか、それとも心臓に近い位置のせいか、刃の先で突かれた唇からは、ほとばしるような感覚が束になって襲いかかってきた。
「きゃあぁああぁっ! あぁ……っ!」
力を失っていた足腰までが強制的に電撃を流し込まれて浮き上がり、ブーツの中では足の裏が汗ばんで丸まった。汚れたタイルの上に黄色いスーツの膝が擦り付けられて音を立て、両腕を拘束されたメガイエローは背筋や首筋をくねらせて異常な興奮を身体から追い出そうと悶える。

明らかに性的な快感だった。下腹部が熱くなり、両脚の間、スーツの股間は僅かな湿り気を帯び始めていた。
(どうして…… どうしてこんな事……)
女怪人ならではの倒錯した責めに困惑するメガイエロー。この拷問が、ホウオウレンジャー・リンの居場所を聞き出すためのものであることを思い出し、交渉でこれを逃れることはできないのだということに改めて気付かされる。
「ま、待っ…… ぃいいぃっ!」
肩の傷口にまた細い指先が添えられた。今度は更に無造作な触り方だった。固く閉じた唇の中に指先を押し込もうと爪をぐりぐりと押し付けてくる。
「くぁあっ、そ、そんなっ!」
次にメガイエローを襲ったのは第3の傷口だった。腰に近い脇腹の傷、唇を、もう1人が中指を使って優しく刺激してくる。身をよじって逃れようとしても、後ろから密着するように肩を抱かれ、複数人で押さえつけられた身体はもうどうやっても抵抗の余地がなかった。

「あぁあああ〜っ!」
最初に指の侵入を許したのは脇腹だった。つぷりと第二関節まで入り込んだ女の指がゆっくりと折り曲げられると、唇の「内側」「内部」の柔らかく潤った粘膜が、侵入物に絡みつくように動いた。
(あぁあっ! ああ……!)
メガイエローには何が起こっているのか分からなかった。指を突っ込まれた脇腹の傷口、本来なら筋肉や内臓を傷つけられてしまうはずの場所が、熱く粘っこい快感を脳に送り込んでくる。同時に異常な興奮状態にある下腹部の生殖器官が、いま指で責められている場所に新しく作られてしまったような感覚。
「っぁああぁ〜っ!」
肩もそうだった。細い腕の表面に浮き出した唇の中へ深々と指を突っ込まれ、骨にまで達しているはずの指先が、一体どんな空間に存在しているのかという柔組織を掻き回し、首や腕の先が痙攣するような快感を生じさせてくる。
(こんなの…… こんなの、おかしい…っ!)

肉の快感を覚えさせるためだけに作られた架空の性器を抉り回されて悶えるメガイエローを、尋問という目的も忘れたのか愉快そうな女怪人が覗き込む。
「あんまりいい悲鳴で鳴くものだから、特別サービスよ。これをお前のような小娘に使ったら…… さぁどうなっちゃうのかしらね」
口紅歌姫の手に握られていたのは、先が斜めにカットされた真新しいピンクの口紅、しかし口紅にしては大き過ぎる、数センチの直径を持った棒状の代物だった。
「い、嫌っ……」
刀で一度触れられただけの胸の傷口がこれまで責められていなかったことと、その口紅の形状・サイズからして、それが何を意味するものかは想像の必要すらなかった。
ヌラヌラと脂ぎって光る大型の口紅を手渡され、メガイエローの前に腰を下ろした女性が、焦点の合っていない眼でそれを縦に構え、イエローのマスクの前でゆっくりと回した。
「やめて…… やめてお願い…… お願いします……!」
恐怖のために動くことすらできなかった。紫色の唇とは違った種類の毒々しさを感じさせるピンクの斜円筒が、こちらに真っ直ぐに向けられる。
メガスーツの胸に並ぶカラーブロックの赤を切り裂くように生み出された唇に、口紅先端の切り立った切断面が浅く咥えさせられた。
「ひっ……!」
そこからすぐに口紅が中に押し込まれることはなく、まずは紫色の両唇に、濃厚なピンク色の脂質がずるりと塗り広げられる。
(あ…… あ……)
触られただけでもびりびりとした感覚を返してくる胸の唇に、このルージュの刺激はあまりにも悩ましかった。掻きむしりたくなるような違和感で胸の中央を抉られ、メガイエローは喉の涸れたような声を漏らして首を仰け反らせる。
爛れた、という言葉を連想させるような2色の取り合わせで人工唇が染め上げられると、カラフルなメガスーツの胸元は一転して禍々しさを帯びた配色に変化したように思われた。

一瞬、胸から離れた口紅が、唇の隙間へ強引に滑り込ませるように押し入ってきた。ヌルルル、と体温で融けていく表面のぬめりを利用して、斜めにカットされた部位が全て唇の間に咥えこまれる。
「はぁあああぁあんっ!」
メガイエロー・千里は絶叫した。胸骨の中央、左右に割り開かれるような柔軟性などないはずの部位に開口部を作られ、口紅で犯された。
肩や脇腹の傷口よりもずっときつく閉じた唇に突き込まれた極太の口紅は、侵入時の摩擦で融け出した液体がほとんど外側に溢れ落ち、ピンク色にぬめり光る液体となってイエローのスーツに垂れていった。スーツのスカートを伝って、ポタポタと数滴が白いタイルを汚す。
(あぁ……)
クリ、クリッと口紅が唇の中で回されると、さらに融解した脂性成分が胸の内側に塗り込まれる。脈を打つ心臓から膜一枚隔てて口紅が回転、前後移動するのが、今度ははっきりと感じられる。猛毒とも言える、紅に練り込まれた特製の薬物はスーツから身体へ浸透していくことはなかったが、こうして体内に毒の塊を刺し込まれて犯されているというだけで、メガイエローの脳と精神はぐちゃぐちゃに掻き回され続けていた。


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2018-05-20

迷鳥(8)

(このままじゃまずい……!)
このまま多対一でやられっぱなしになっている訳にはいかない。リンがここへ向かってきている可能性も低く、少々の無茶をしてでもこの状況を脱しなければ、と思う。
その場で左右に軽く足踏みし、手足の力が戻ってきていることを確認してから、右腕を掴んでいる女性の身体を強引にぐいと引き寄せ、膝で自分の腕を狙って高く蹴り上げる。
「ごめんなさい!」
大きくバランスを崩した女性が無言で床へ倒れようとする隙に、掴まれていた腕を振りほどき、腰のホルスターに仕舞われた自分の武器に手を掛けた。
「メガスナイパ……」
叫びながら銃口を口紅歌姫に向けようと視線を正面に戻したとき、予想外の反応速度で口紅歌姫が距離を詰めてきていた。
唇の形をした青龍刀がすでに高く振りかぶられている。思わず怯んでメガスナイパーの照準が外れた瞬間、左の肩が火花を上げて斬り付けられた。
「きゃあああぁ〜っ!」
掴まれたままだった側の腕を、肩から切断しようとでもするように重い刃が叩き付けられる。骨にまで達するような衝撃に絶叫し、左腕を持っていた女性と共に地面に倒れ込んだ。
「かはぁっ!」
背中から床に叩き付けられ、肩から上腕までに重く響く痛みをこらえて上半身を丸める。しばらく呼吸すらできない。一緒に倒れた女性の様子をようやく目で追ったが、完全に気を失っているようだった。
(なんてこと……)
操られた人間を傷付けることも平気な怪人の戦い方に怒りが沸き上がる。しかし、それよりも自分自身のダメージの方が深刻だった。両手の拘束が外れたにも関わらず、深く斬り付けられて煙を上げる胸や肩の痛みがひどく、とても起き上がれそうにない。離れたところに転がったメガスナイパーを取り戻さなければならないのだが、その距離があまりにも遠く感じた。

(何なの……? この痛みは……)
まるで傷口に毒を塗り込まれているかのような、嫌な痛み。肩を押さえつける右手のひらに、斬られた部分がわずかに腫れ上がっているのを感じる。手を恐る恐るずらすと、わずかな液体が傷口から染み出したような気がした。
(……! スーツが……!?)
スーツが破壊されて出血したかと思い、そっと手をどける。しかし、そこにあったのは黄色いスーツに滲む赤い血の染みではなく、痛みを発する箇所にはふさわしくない、紫色のキスマークだった。
「な……!」
口紅歌姫の身体と同じ毒々しい紫の唇が、スーツの生地上に出現していた。刃が当たった部分を口紅でなぞって描いたように、スーツの黄色とは違った質の光沢を持っている。はっとして白いグローブの掌を確認するが、そちらには口紅が付着している様子はなかった。
「これは……」
「ほほほ、驚いた?」
床の上でようやく上体を起こし、口紅歌姫と傷を交互に見比べていたメガイエローはすぐ、最初に斬りつけられた胸の正面にも同じキスマークがいつの間にか現れていたことにも気付いた。紫の唇がほぼ真っ直ぐ、胸元の五色のカラーパネルのうち中央にある赤を縦断している。肩の痛みのために意識から消えていたものの、内側から疼くような感覚に変化した痛みが胸に残っていた。
(一体、何を……!?)
胸にできた唇、腫れのためか本物の唇のようなぽってりとした厚みを帯びた唇にグローブの指先でそっと触れると、ジンとした感覚がその周囲に広がった。
「うぅっ……?」
ただ痛いというのとは全く違う、傷口に触れたとは思えない不可解な感覚。思わず身を屈め、びくりと引き攣らせると、口紅歌姫の愉快そうな声が頭上から降ってきた。
「斬り殺すのもつまらないから、これを使ってしまったわ。あと2つ3つ行っておこうかしら」
「っ……!」
攻撃の正体を確かめることを後回しにして、メガイエローは身を翻して床を蹴り、視界の端にあったメガスナイパー目掛けて飛びかかった。この怪人には駆け引きは通用しない。とにかく少しでも反撃を……
だがそれも口紅歌姫の方が一瞬早かった。床の武器に手が届くかと思った瞬間、背中から脇腹にかけて、鋭く切り裂かれる痛みが走り、爆音が響いた。
「ふぐあぁあっ!」
右の腰近くに、またあの激痛を伴う傷を付けられた。意識の飛びそうになる苦痛に、武器を取ることはできず背を反らせて倒れ込んでしまう。

「……ぁっ…… あぁ……っ !」
合計3箇所の重症にメガイエローは床で身悶えしながら、メガレンジャーの4人の仲間のことを今更のように思い出していた。
(み、みんな…… どこにいるの……? みく……健太……!)
どんな敵でも1人では勝ち目はないことをいつも知らされてきたはずなのに、助けを求めるどころかもう会うことのできない場所にいるのではないかと想像すると、絶望で全身の力が失われていきそうになる。
しかし、絶望している暇さえなく、操られた聖歌隊員達がゆっくりとそばに近付き、腕を取ろうとしてきていた。
「ま…… 待って! お願い、正気に戻って!」
膝立ちで左右から腕を捕まれて身を起こされ、口紅歌姫の方を向いて手を大きく広げさせられたメガイエローは、全くの無表情のまま操られ続ける聖歌隊員に必死で呼びかける。カーディガンの前がはだけ、肩からずり落ちそうになりながらもロボットのように拷問の補助だけを淡々と遂行する女性には、それが耳に入っている素振りさえない。
(手が…… 身体が動かない……!)

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2018-02-18

迷鳥(7)

「さて……と、どうしたものかしらねぇ」
聖歌隊を従えてメガイエローに歩み寄った口紅歌姫は、軽い口調でそう言って、黄色いスーツの背中や腰が床の上でぷるぷると震える様子を見下ろした。
「うぅ……っ!」
跳ね起きようとしたが、肩に力を入れただけで頭がズキンと痛み、まだ立つことはできそうになかった。
「ここにはリンが来ると思っていたのよ。あのネジイエローの準備ができるのもまだかかりそうだし……」
(ネジイエロー…… やっぱり……!)
口紅歌姫が自分より先にネジイエローと会っていたのは予想した通りだったが、それが分かったところで今はどうすることもできない。

リンがここへ来てくれたら、と拳を握り締めたとき、両腕がぐいと引っ張られて身体が真上へ持ち上げられた。
「あっ、あ……?」
視線をちらりと横へ向けると、そこにあったのは悪魔聖歌隊として操られた女性の顔だった。二人がメガイエローの肩を抱き起こし、力の入らない身体を無理やりに立たせている。
「私はお前に用はないの。でもネジイエローは何だか…… お前に特別な興味でもあったみたいね」
左右から腋をぶら下げるように抱えられたメガイエローは、自分の足だけで立つ力がまだ戻らないまま、口紅歌姫の方を向かされている。
「メガイエローの…… マスクを剥いで持って帰る、なんて言ってたかしら」
マスクを剥ぐ、という言葉の響きに何か言いようのないおぞましさを覚えて、メガイエローは脱力した全身に鳥肌が立つのを感じた。
「一体どうするのかしらね…… こんな細い首、ちょっと捻ったら頭ごともげてしまいそうだわ」
口紅歌姫はいつの間にか手に持っていた、閉じた唇を模した刃を持つ青龍刀をメガイエローに向け、その切っ先を黄色いマスクの顎のあたりにカチカチと触れさせる。
(うぅ……っ!)
このままではまずい、と身体に力を込めるが、まだ両側からの拘束を振りほどくほどに回復が追いついていない。

「私が探してるのはリンよ。答えなさい、ホウオウレンジャー・リンは今どこにいるの」
「し、知らない……!」
事実、千里もリンを探してここに辿り着いただけで、何も隠し事をするつもりはなかったが、その返答は何か口紅歌姫に誤解を与えたようだった。
「あら、本当にそうかしら。メガイエローはなかなか油断がならないと、ネジイエローはそう言っていたわよ」
「そんなこと……」
そこで、口紅歌姫が頭でも掻くように、青龍刀を持った手をふらりと軽く振り上げるのをメガイエローは見た。

次の瞬間、メガイエローは胸部の中央が焼けつくような激痛と打撃、目の前で火花が噴き上がるのを感じた。
「きゃああぁあぁっ!」
絶叫すると同時に、斬り付けられたことを理解し、表面の焼け焦げたスーツから上がる煙を顔で振り払うように胸の痛みにもがいた。
まさか今の会話の途中で剣を振り下ろしてくるとは、というタイミングで攻撃を受け、まだ音波攻撃のダメージから回復しきっていない身体が膝から崩れ落ちそうになる。だが皮肉なことに、両脇から二人の女性にすぐ体重を支えられて、倒れることすらさせて貰えなかった。
「あぁ……っ! あっ……!」
乳房の谷間近く、激しく痛む部分を手で押さえることもできないため、シュウシュウと白煙を上げるスーツの熱感に耐えながら首をよじって呻くしかない。
(いたい…… 痛い……!)
メガレンジャーとして戦ってきた中でもそう何度も受けたことのない、刃物による斬撃。重量のある大刀で正面から斬り付けられ、スーツが裂けたわけではないが、なかなか引いていかないジリジリとした痛みは耐え難く、押さえ付けられている両腕をばたばたと動かし、息を荒げてマスクの中で深い呼吸を繰り返す。

「ち、違うの……! 勘違いしてるみたいだけど、私はリンさんとは……」
表情の読み取りづらい口紅歌姫が、このまま第二撃を加えてくるのではないかとメガイエローは必死に拘束を解こうとする。攻撃を受けて急上昇した心拍と血圧のおかげで身体がようやく戦う体制に入ってきたが、操られた二人の力はそれにも比例して肩に抱き着く力を強めた。
「居場所じゃなくても、何か知ってることがあるでしょう?」
完全にこの場の主導権を握っている口紅歌姫は、丁寧に情報を引き出すつもりなど少しもない様子だった。そして、胸の傷が、刃に毒でも塗られていたかのようにずっと不快に痛み続けるのもメガイエロー・千里の焦りを増した。

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2017-12-26

迷鳥(6)

黒く錆び付いた小さな鉄窓を外から開け、床や荷物が薄い埃に覆われた屋根裏部屋のような倉庫にメガイエローは降り立った。明かり取りの窓が今通ってきた一つしかない室内は薄暗く、板張りの床を通して、階下から不安を掻き立てるような歌声が先程よりも大きく聞こえてくる。
一階へ降りる木製の階段は足を掛けるとギシリと軋んだ。気付かれずこっそりと近付くことはできないと判断し、階段を一気に飛び降りると、音楽室に通じるカーテンを一気に引き開けた。


頭部と両肩を紫の口紅の意匠で象った怪人が、4人の女学生に向かって指揮をするように手を振っていたのを止め、ゆっくりと振り向いた。
「ほう…… その格好、どうやらお前が『メガイエロー』ね」
歌声を止めて無表情で立ち尽くしたままの4人組を背後に、冷静な口調でその女怪人、口紅歌姫は言った。
(これが口紅歌姫…… でも、どうして私のことを知ってるの?)
メガイエロー・千里は相手の言葉と自信ありげな雰囲気から、もしかすると自分より先にホウオウレンジャーがここに辿り着き、すでに口紅歌姫に倒されたのではないか、という最悪の予想を一瞬思い浮かべてしまう。
(まさか……!)
紫がかった口紅やアイシャドウをこってりと塗られた4人の歌い手の顔を順にまじまじと観察して、その中に変身を解いたリンが居ないかを見極めようとする。
「どうしたの? お前のお友達でもこの中に居たのかしら?」
戸惑った様子のメガイエローに口紅歌姫が問い掛けるが、どうやらそこにはリンのことを仄めかすようなニュアンスはなかった。

「その人たちをどうするつもりなの!?」
口紅歌姫が自分を知っているのは、ホウオウレンジャーから聞いたのではなくネジイエローに接触したためではないか、と気付き、まずは相手の持つ情報を引き出すことを決める。
「教えてあげるわ。この娘達には、ゴーマの力を持つ歌を歌えるように仕込んであげているの。なかなかいい素材が揃っていたわ」
身構えるメガイエローに向かい合ったまま、口紅歌姫は片手を高く上げ、背後の4人に指示を飛ばす。
「最初はダイレンジャーに聞かせてあげたかったけど、リハーサルのいい機会だわ! 悪魔聖歌隊! レッスンの成果を、見せておやりなさい!」

口紅歌姫と前後を入れ替わるように、4人の聖歌隊が揃って進み出てくる。そして一斉に目を見開いて口を開くと、高音のソプラノ・ボイスがそこから流れ出てきた。
(歌……? もしかして……)
初めに、両側の2人が透き通るような声でメロディを奏で始めたのが感じ取れた。続いて、残りの2人が歌い始めた瞬間、4者の声が奇妙な不協和音を構成してメガイエロー・千里の耳に飛び込んできた。
「あ…… あぁっ……!?」
視界が斜めに傾き、メガイエローは危うく体勢を立て直してタイル張りの床にブーツの底を擦り付けた。
目の前の景色が歪んだようだった。空気の振動である音響が、部屋の空間までを歪ませ、ねじれさせていく感覚に、思わず両手をマスクの両側に伸ばす。
(だ、だめっ!)
だが、それが何の意味もない行為であることは手を動かす前から気付いていた。歌声を利用した攻撃だと分かった瞬間に、メガレンジャーのマスクが内側で耳を覆う構造になっていないこと、外からマスクを押さえても耳を塞げないこと、などを一気に思い出していたのだ。

スーツとマスクを身に着けている間は、髪を触ったり、汗を拭いたりすることができない。それと同様に、マスクの内側にある耳は、いくら不快な状態であっても外側から一切触れることはできない。
(マスクが……!)
頭を抱えてその場から動けなくなったメガイエローの前で、悪魔聖歌隊の歌声が一気に高まった。
「っは…… あ、あぁ……っ! あぁ~っ!」
薄く硬い、音波を防ぐことができるはずのない素材のマスクを通り抜けて、地獄の不協和音が千里の鼓膜を、頭蓋を震わせる。耳の穴から入り込んだ音波は、鼓膜から脳に至るまでの複雑な構造の聴覚器官を共鳴させ、その機能をじわじわと狂わせていく。今まで体験したことのない種類の苦痛だった。
少しでも音の侵入を防ごうと、両手が本能的にマスクの両側を力任せに押さえつける。ごくわずかにマスクがたわむような感触があったが、耳まであと数センチの空間をそんなもので埋められることができないのは自分でも分かり切っていた。
マスクの遮光シールドや換気システムは閃光や毒ガスからメガレンジャーを保護するように設計されているものの、音による攻撃など想定されていない。外装の構造で気圧変化に対応したため内部のイヤーパッドは省略され、耳から最も近い部分には換気用のスリットさえ設けられていた。

「うああぁあっ! やめっ、やめてぇっ!」
グローブの手のひらでマスクを押さえつけたメガイエローは、耳の痛みと不快感に耐えきれず背筋を反り返らせて頭を前後に振り乱した。
音楽堂の室内に響き渡る歌声が、丸いマスクの内壁や鼓膜の内側でさらに共鳴し、新たな不協和音を作り出してぐちゃぐちゃになった知覚情報を脳に送り込んでくる。人間の声とは思えない、高周波の電子ノイズを耳元で聞かされている錯覚が続き、モニターの誤作動なのか脳が混乱しているのか、眩しい光の粒が目の前で爆発し飛び散る感覚までがそれに追加されていく。
(目が…… マスクが……っ!)
膝をがくがくと震わせて、メガイエローは頭を上から押さえつけられていくような動きで床へ尻を付き、その場へ這いつくばった。苦痛のあまり、グローブの指先がマスクの側面を引っ掻き、細いスリットに爪をこじ入れようとし、理性とは矛盾した動きを繰り返す。マスクの額を床にガチガチと叩きつけるように首を振り、頭蓋の中の不快な痺れを追い出そうとする。
「あぁ! ああぁ……っ!」
後頭部から、頸椎を伝うようにして痺れの感覚が背中へと這い下りていく。このままこの音を聞き続ければ身体が駄目にされてしまいそうで、なのにそれを防ぐ方法もやめさせる方法も見つからない。
一瞬でもいい、耳や目を押さえてこの音波攻撃から逃れたい。そうするにはマスクを外すしかないことは分かっている。だが、敵に得体の知れない攻撃を受けながらそんな事はどうしてもできない。解決の方法を考える余裕さえ与えられずにメガイエローの苦しみは続いた。

「ほほほほ……! いい反応だわ」
口紅歌姫の哄笑が聞こえたとき、歌声がすでに止まっていたことにメガイエローはしばらく気付かなかった。
「……っはぁ……! はあ……!」
床の上で、腹這いに近い体勢になっていた身体の力を抜き、マスクに包まれた頭のこめかみ近くを石のタイルへ押し付ける。すぐに立ち上がることはできなかった。耳の奥でキーンと残響が続いて、強い吐き気のために頭を動かすことができない。
(強い……! ネジレジアの怪人とは違う…… 一体何なの、この力は……?)

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2017-10-09

迷鳥(5)

「やっぱり大学って結構…… 広い!」
メガイエローへの変身を一時解除して、千里は学内を走り回る。全身ピンク色の人を学内で見かけたという目撃者の話を聞き、その場所を探したが、建て替え中の建物や立ち入り禁止区域を迂回したりして、ようやく目的地に辿り着いた時にはリンの姿はなかった。

「はぁー……」
(そういえば、リンさんの変身前の顔も知らないんだった……)
高校の制服姿でいる千里の姿は大学構内で若干目立ってしまっていたが、リンが変身を解除していたとしたらこちらから探すのは難しそうだった。
(それと、口紅歌姫、だっけ? 怪人の名前……)
リンはもう怪人の元に辿り着いて戦っているのかも知れない。だが出会ってからあっという間に別れてしまったため、リン達が戦っているというゴーマ族のことも何も知らないままで来てしまった。
「まだ大学の中に居るとしたら…… 『歌姫』…… 音楽室?」
近くに掲げられた大きな構内地図を確認する。大学の敷地端には、他の建物からは少し離れて建てられた小さな音楽堂があるようだった。

・ ・ ・

教会や礼拝堂を思わせる、白い石造りの外壁に縦長の窓ガラスが一列に嵌め込まれた円形の建物の中からは、高音の女声合唱がかすかに聞こえてきている。
正面入口の大きな木戸には鍵が掛かっており、防音が施されているらしい分厚い窓を覗き込んでも、黒い遮光カーテンのために中の様子がよく分からない。そこから横へ回り込み、カーテンに隙間ができているのを見つけて、背伸びをしてようやく建物内部の様子を伺うことができた。
「……!」
高い舞台の上に並び、歌っている数人の若い女性は、全員が普通の合唱団やコーラス部員とは違う雰囲気を漂わせていた。服装は皆ばらばらの私服で、誰もおかしな服を着ているわけではなかったが、濃い色のアイシャドウを目元がぎらつくほどたっぷりと塗り、チークも特殊メイクでしか使わないような寒色のパウダーを頰に付けて、その異様な印象そのままの無表情で大きな口を開けて歌っている。
まるで自分の意思を失ったようなその顔と視線が合いそうになり、千里は慌てて顔を下に引っ込めた。

身を屈めたまま小走りに駆けて建物の裏へ回り、中の人間に気付かれず侵入できそうな入り口を探す。白い外壁に沿って視線を上げると、2階の窓にわずかな隙間が開いているのが目に入った。
(……よし!)
左腕を勢いよく斜め下に突き出し、手首の甲側に着けたデジタイザーを制服の袖先から露出させて、3桁の変身コードを入力する。
「インストール! メガレンジャー!」

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2017-07-23

迷鳥(4)

「一体どういうこと? 西暦1993年!? あり得ない……」
大学の講義棟裏に立ったネジイエローは、構内で出会った学生から奪ったノートPCを片手で操作しながら呟いた。
自身の通信機能や、ネジレ次元を通じての空間移動が使えず、メガイエローを追い詰めたつもりが逆にこちらが孤立無援の状態に追い込まれてしまった、とピンク色の戦士から受けた攻撃を思い出しながら苛立たしげにキーボードを叩く。
「それに……」
もう一つ気に掛かったのは、PCの持ち主だった学生がネジイエローを見て叫んだ、「こっちにも出た!」という言葉だった。ネジピンクが自分と同じくメガイエローをここまで追ってきたという可能性はある。だがそれならお互いのネジレ反応に気付かないわけがない。ピンク色の戦士が、メガレンジャーとは違った種類の力やスーツで武装していたこととも関係していそうだった。
「しかし、データが少なすぎるわ……」
メガイエロー達ともう一度出くわす前に、少しでもこちらに有利な状況を作り上げておきたかった。

分厚いA4サイズのノートPCを地面へ投げ捨て、もう一度付近のサーチを開始する。ネジレ反応や電磁波だけではなく、あらゆる種類のエネルギー反応、特に人間型の生体エネルギーとして強力なものを、徐々に範囲を広げながら探っていく。
「……!」
対象と思われるものは意外とすぐに発見された。それは構内のそう離れていない場所に居て、人間と似て非なる種類の信号を発していた。

・・・・・・

(あれだわ……)
目立つ姿をした5〜6人の人影が構内地図の前に集まっているのをネジイエローは物陰から観察する。
「まずは音楽堂の方だわ。お前とお前は先に行って邪魔な人間を追い出しておきなさい」
一様に仮面を着け、黒い燕尾服のようなものを着た集団に向かって、女の声が指示を与えている。しかしそれは一見してやはり人間の女ではなかった。面積の少ない黒いボンデージ衣装を着た上に、紫色の帯が片脚から首元に向けて螺旋状に巻き付き、それと同色の、先が斜めに切り取られた長い円柱が鼻から上の頭部を構成している。両肩から突き出した赤い斜円柱は、頭部のデザインと合わせて口紅のスティックがモチーフとなっていることを予想させた。
その姿や声の調子によって、強いエネルギーを放つ中央の人物は女怪人と呼ぶしかない風格を漂わせていた。
「ねぇ……」
警戒心よりも興味が勝って、ネジイエローは建物の角からすいと進み出てその一団に声を掛けた。
一斉にこちらを向いた燕尾服の1人が向き直り、剣を振りかざして飛び掛かってくるのを、ネジイエローは片腕で受け止め、傍らへ放り捨てる。
「貴女、随分ねじれたヴィジュアルね」
「誰!? お前は」
流石に驚いた様子の女怪人が、燕尾服姿の戦闘員達を周りに従えて、手に持った大刀の先をネジイエローに向ける。
「誰かしらね。たぶん、敵の敵…… ってところじゃないかと思うのだけれど」
自分の戦闘力が迂闊に手を出せるレベルでないことが相手に伝わっているのを感じながら、モデルのように軽く斜めに構えてゆっくりと腕組みをしてみせる。
「敵…… ダイレンジャーの……!?」
「『ダイレンジャー』ね…… なるほど、だんだん解ってきたわ。あのピンク色の小娘、貴女も狙っているのではなくて?」

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2017-05-06

迷鳥(3)

しばらく混乱した会話が続いたものの、最終的には二人共がお互いの立場と状況を理解することができた。
きっかけになったのは、千里がふと思いついて現在の時刻と年月日を相手に尋ねたことだった。
「1993年!?」
ピンク色の戦士が口にした、千里からすれば3年前の日付が聞き違いでも勘違いでもないことが分かると、今いるここが一種のパラレルワールドのような世界なのだという結論に落ち着くしかなかった。
(そうか、途中で通り抜けたあの空間、きっとあれがネジレ次元で、何かの拍子に出口がこの世界と繋がっちゃったんだわ……)

「分かった、あなた達はそのネジレ次元から来た敵と戦っていたのね。私はゴーマ族と戦うダイレンジャーの、ホウオウレンジャー・リン。リンと呼んでくれればいいわ」
「私は電磁戦隊メガレンジャーの……」
メガイエローという名に加えて本名を明かすべきかを悩んだが、味方以外には変身前の正体を知られたくないということを強く念押しして、下の名前だけを名乗った。

「ところで、その手錠は……」
「そう! これがそのネジイエローに付けられたものなの! まずはこれを壊さないと……!」
会話の間ずっと身体の前へ下ろしたままだった両手首を胸元まで持ち上げて、見るからに凶悪な造型の手錠を示す。元の世界にどうやったら戻れるかを話し合うより前に、解決しなければいけない危機がいくつも差し迫っていた。
「まかせて!」
ホウオウレンジャー・リンは右腰に着けた細身の短剣を引き抜き、目の前で縦に構える。
「そのまま動かないでね」
「う、うん」
手錠の中央付近を目掛けて剣が振り下ろされると、鋭い打撃音と、手首に金属が重く食い込む感触と共に手錠が真っ二つに破壊された。
「やった……!」
引き千切れたような装置断面から白い煙を噴き出して発光を止めた手錠は、手首を拘束する施錠機能を同時に失って、いくつかの残骸となって足元へ転がり落ちた。
白いグローブの上から手錠に軽く締め付けられていた部分を千里は撫でて、手首から先が正常に動くことを確認する。
「ありがとう、これで……」
その時、背後から近付いてくる怪しい気配に二人は同時に気付いてそちらの方を振り返った。

「今日はなんだか…… 想定外のことばかりが起こるのね」
周りの空間を歪ませるような強い殺気を発しながら、ゆっくりとした歩調で近付いてきたのは、黒と黄色のアーマーに身を固めた女怪人、ネジイエローだった。
「メガピンク…… ではないようね。誰だか知らないけど、その娘をよこしなさい!」
ネジイエローがそう言って右手に力を込め振り上げようとするのを見て、千里は咄嗟に叫んだ。
「攻撃が来るわ! よけて!」
黒い掌から発せられた稲妻のような光線が、2人の背後にあった銅像に当たり小爆発を起こす。千里とは反対の側に跳び離れて攻撃を躱したリンが、破壊された像と、煙を上げる掌をこちらに向けながら近付いてくる敵の姿を見ながら叫ぶ。
「あれがネジイエローね!」
「そういう事!」
一対一では全く勝ち目のなかったネジイエローに対して、さっき出会ったばかりのホウオウレンジャー・リンと共にどう戦うべきかを、千里は考えを巡らせながら自分の武器を手に取る。ネジレジアの手錠が外れた今、全ての装備が正常に動作するはずだった。
自分と同じくピンクの戦士の出方を伺う素振りを見せるネジイエローの注意を引くように、いつもよりも大振りな動きでメガスリングを構える。

その時、リンが腰のホルスターの武器を抜くこともなく、胸の前で片方の掌にもう一方の拳を押し付け、張りのある声で叫んだ。
「天風星! ……一文字竜巻!」
構えの姿勢から右手を手前に突き出すと同時に、その手の周りの景色が一瞬歪んだ。
「っ!」
腕をクロスさせて未知の攻撃に備えるネジイエローに向かって、銃弾でも光線でもないピンク色を帯びたエネルギーの塊が押し寄せる。それは、叫んだ技名の通り竜巻のように渦を巻く突風だった。
もつれ合う風がネジイエローの身体を巻き込み、錐揉みのようにその場で何度も回転させる。
「なっ…… 何なの? このエネルギーは……!」
土埃の中へ激しく転倒し、そこから片膝をついて立ち上がりながらネジイエローは驚きを露わにする。
(今だわ!)
弓矢のように大きく引き絞っていたメガスリングをそのまま発射し、長く尾を引く黄色のエネルギー弾をネジイエローの脇腹のあたりへ命中させる。
「くあぁあっ!」
爆発音と火花を上げてもう一度地面へ倒れた敵の様子を確認してから、千里はリンの方にもちらりと視線を送り、メガスナイパーの保持姿勢を初期状態へ戻す。

「うっ、くぅう……! 仕方ない、一旦撤退だわ…… 覚えておきなさい!」
そう言い捨ててネジイエローの姿が搔き消えるのを目にし、千里は安堵の気持ちと共に若干の高揚感を覚えながら、もう一度リンと顔を頷き合わせた。

「うまく行ったわね!」
駆け寄ってくるリンに、千里はまだ少し落ち着きを取り戻せないまま答える。
「う、うん。すごかったわ、今の…… 技?」
「そう、気力技ね! 私達ダイレンジャーは『気力』の力で戦うの」
「気力……」
メガレンジャーとは全く違う性質の組織であるらしいダイレンジャーのことに千里は興味を惹かれながら、さっき途中で中断された会話の内容を思い出す。
「そうだ、リン…… さんの探してた怪人は? まだこの近くに?」
そう言うと、リンの態度がマスクの下でさっきまでの明るい様子から変化したように思えた。
「ゴーマ怪人の『口紅歌姫』よ。ついさっきこの大学に現れて、私の友達がそいつにさらわれて……!」
「えっ」
「たぶんまだ大学内に居るんじゃないかと思う。もしかしたら他の人が襲われてるかも……!」
「大変! そんなことなら、私も……」
相手が自分と同じくらいの緊急事態の最中に助太刀をしてくれたことを知って、千里は申し訳ない気持ちに襲われる。私も一緒に口紅歌姫を探して戦う、と提案したが、リンはそれを断った。
「気持ちは嬉しいけど…… この事だけはどうしても私一人でなんとかしたいの」
「どうして? 他のダイレンジャーの仲間も居るんでしょう?」
千里の言葉にリンはしばらく俯く。
「友達がこの大学で襲われたのはきっと私を狙ってのことだし、私一人の力で助けないと…… これ以上他の人を巻き込みたくない。だから、あなたも……!」
そう言って顔を上げ、濃い緑に囲まれた小道に向かって駆け出そうとする。
「これが終わったらあなたの事、みんなに相談してみるから! 3時まで、この場所で待ってて! それじゃ!」
「え、えっ……」
慌ただしく走り去っていくリンの後ろ姿を追いかけるきっかけを失って、千里はその場に立ち尽くした。

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Author:鳥籠
管理人の名前も鳥籠。
2chエロパロ板のヒロピンスレでの活動を経て個人ブログを立ち上げました。

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