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2015-11-17

泥浴(2)

任務先というのは、広場から緑地帯を抜けた隣の敷地内にある市立の科学博物館だった。現在の特集展示「わたしたちのエネルギー」展の最終日イベントとして行われる子供向け講座の講師をヨーコが務めることになっていた。特命というわけではないが、これもエネルギーを守るゴーバスターズの仕事の一環ということで、色々あって引き受けてしまったのだった。

広々とした空間に抽象彫刻や動くオブジェが並んだ博物館前の公園スペースは親子連れを中心に賑わっており、目立つ黄色のスーツのまま来てしまったヨーコは潜入捜査のようにして木陰から素早く飛び出し、建物脇の目立たない職員通用口のドア前に移動した。
(ほんとは、隠れる必要なんてないはずなんだけど……)
すでに約束の集合時刻を少しオーバーしてしまっており、途中で誰かに呼び止められたら出演に間に合わなくなると思って、正面入り口に大きく掲げられているはずの「イエローバスターもとうじょう!」のポスターも見れずに事務所へと向かう。

狭い階段を3階まで駆け上がり、イベント・講演会と表示されたドアを勢いよく開ける。
「すみません、遅くなりました!」
室内には3名の職員が集まっており、戸口に現れたヨーコを見て安心した様子を見せた。
「お待ちしてました。急な出動があったそうで……」
「どうぞこちらへ、本番まではまだ時間があります」
促されてヨーコは会議机の周りに並んだ椅子の一つに座る。
「いやあ宇佐見さん、お忙しいところこんなことをお願いしてすみません」
「いえいえ、私も先生役っていうのは一度やってみたかったんです」
学校の成績はあまり良いとは言えないヨーコだが、小さな子供が相手という事だし、ゴーバスターズが守っている都市のエネルギー、エネトロンのことはいわば専門分野で、人前で解説するくらいはできるつもりだった。

「台本というのか、原稿は事前にお送りした通りです。エネルギーの歴史的な話についてと、エネトロンとは何かという話、これで15分くらい、それからゴーバスターズの活動、ここは5分くらいでお願いします」
"企画部長"の名札を付けた小太りの男が本日の予定について説明する。
「ステージに、あれのもう少し大型のやつを設置してあります」
そういって指さした壁面には、旧式のタッチパネル式の大型モニターが掛かっている。傍にいた職員が画面を触ると、その部分が少し光って「準備中」の大きな文字が画面中央でしばらく点滅した。
「手で触れて動かして頂かないといけないんですが」
「はい」
「それであとはキャラクターショーのコーナーですね」
せっかくゴーバスターズを呼んだのだからということで、ヒーローショー的な演出が用意されていた。イベントの途中にメタロイドが現れ、それをイエローバスターが退治して、街を守るヒーローをアピールするというものである。
「あの、台本にはここでメタロイド(部)登場、って書いてありますけど」
「あ、はい、私です」
企画部長が少し照れ気味に言う。
「ここでは私が一番体もでかいですし、ずっと格闘技をやってましたんでね」
確かに、最初は単に太っているだけに見えた太い腕や首には、よく見れば鍛え込まれた跡のある筋肉が付いてあった。
「なるほどぉ、それじゃ、せっかくだから本気でかかって来てくださいね。怪我はさせませんから」
「ははは、そうさせてもらおうかな」

公演開始があと数分に迫り、台本を見ながらの最終打ち合わせがしばらく続いたが、ヨーコはいまいちそちらに集中できないでいた。
(ずっと走ってきたからかな……)
いまヨーコの首から下を隙間なく覆っているイエローと黒のバスタースーツには、着用者の身体能力を最大限に引き出すための様々な技術が使用されている。肌に直接触れる部分には、長時間着用したままでの作戦行動にも支障のないような調温・透湿素材を使っているはずだが、今日は心なしか汗の乾きが悪く、背中や胸の谷間などはスーツの裏地が張り付いたようになってしまっている。
本来、変身を解除せずにここまで直行したのは、距離が近いことや時間的なこともあるが、汗や着替えの問題も理由にあった。一度戦闘で汗をかいた後にスーツを解除してしまうと、今の時期は塗れた肌着が冷えてどうしようもなく、基地か家に戻ってシャワーを浴びたいという気になってしまう。さらにその状態で再度スーツを着込むというのは想像するだけで嫌だった。それならまだ、任務の続きと割り切って変身しっぱなしでいる方が気持ちも楽だし、汗が少々乾かないくらいだけなら1時間程度我慢すれば不快なだけで風邪をひくようなことはない。
「よしっ! じゃあ、行きますか」
「あ、はっ、はい」
言われてヨーコは椅子から勢いよく立ち上がり、職員達に囲まれるようにしてフロアの隅のエレベーターに向かう。
「この真下でちょうど舞台裏なんです」
「はい……」
一度気になり始めるともう余計に意識がスーツの内側に集中してしまって、背中だけではなくずっと腰かけていた尻や太腿のあたりは特に汗が引いていかないような気がしてしまう。せめてもと首元の気密を保っているベルクロテープをぺりぺりと外してみるが、首回りが少々楽になるだけでそこから下はまったくスーツの湿気を外に逃すことができない。下半身となるともう諦めるしかなかった。ベルトを外して、ジャケットを脱いで…… という着脱方法はスーツの構造上どうしても不可能になっている。
(あぁ…… ちょっと失敗したな…… でもここまで来たら公演はこのままやらなきゃ……!)
建物内は適度な温度湿度に調整されていて、もう少し時間があれば変身解除をして汗を拭いて、ということができたのかもしれないが、今回は我慢するしかなかった。やや鈍い光沢を持った、厚みのある黒のレザーパンツが尻に張り付いているのを外側からぐっと掴み、ぱんぱんと叩いて内部の違和感を解消しようとする。

「宇佐見さん、ヘルメットは」
「あっ、そうですね。ちょっと待ってください」
子供向けイベントであり、イエローバスターとしての出演のため、公演中はマスクオンで通すことになっている。これまで戦闘中に何度かやってしまった「充電切れ」をこんな所で起こさないように、念のためお菓子でほんの少しカロリー補給しておくことにした。
小さなプラスチックのケースに入った黄色のグミキャンディを2、3粒。掌に取って口に入れると、レモンやその他のフルーツの甘味が口に広がって、ほんの少しやる気が回復してきた。

続く

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