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2015-12-30

泥浴(3)

エレベーターが1階で停止し、ヨーコはまだ噛み潰さず口に含んでいたグミキャンディを飲み込んでマスクの用意をした。
「はいっ、準備完了です」
そう言ってイエローバスターのマスク、図案化されたウサギの目鼻とサングラスがあしらわれた黄色のヘルメットを装着する。
首から上が軽合金製のマスクに収められ、全身が気密装備の中に覆われると、さっき口に入れたグミの甘い香りがマスクの中に立ち込めた気がした。汗の匂いがするよりはずっと良いが、もしかして髪の毛か口の周りにでもお菓子が付いたままになって…… と考えると、装着をやり直した方がいいのではと一瞬迷う。
しかしエレベーターを一歩下りるとそこは本当にすぐ屋外ステージ、カーテンを隔てて観客の子供の歓声が聞こえてくる場所だった。
「それではみんな、大きな声で呼んでみましょう! 『イエローバスター』!」
司会役の若い女性がマイクを通して子供達に呼びかけている。
「もう始まっちゃってますね。いけますか?」
脇から囁いてくる企画部長の声に、少々焦りつつ返事をする。
「ええ、大丈夫そうです。行ってきますね」

「イエローバスターー!」
一斉に叫ぶ子供達の声に乗っかるようにして、自慢の脚力を活かして黒いカーテンの陰から飛び出し、10メートルほどの横幅がある舞台の中央にタンと軽く着地する。
(まずは、挨拶……!)
観客席の大声に負けないように、と深く息を吸い込んだ瞬間、先程からまだマスク内部に残っていた甘い香りが口と呼吸器いっぱいに広がって、ステージ上にお菓子か果物でも積み上げてあるかのような錯覚を覚えた。
「……はーいみんな、こんにちは〜!」
一瞬の戸惑いのせいで、いかにもステージ慣れしていない素人のパフォーマンスのような間が生まれてしまう。しかし本物のスーパーヒーローが現れて、子供達の反応は上々だった。わーっ、キャーという歓声がどっと押し寄せてきて、客席とステージの距離にもかかわらずスーツの表面がびりびりと振動するような感覚があった。
親や大人も含めて100名ほどの満員の観客席に向かって、イエローバスターは軽く一礼する。
(よーし! あとはこのまま、とちらず行くだけね)
最初に少し身体を動かしたおかげで、人前に立つゆえの緊張はなかった。台本もちゃんと覚えている。ただ、どうしても例の香り、濃厚なフルーツの香気がいつまで経ってもマスクの中に充満したままなのが気にかかってしまう。マスクの外側には何か付着していないかと、顎のあたりをグローブの手でさりげなく撫でてみるが、やはり外側には何もない。
「今日は『わたしたちのエネルギー』の展示を見に来てくれてありがとう! 博物館、おもしろかった?」
はーい、という、子供特有の怒鳴るような返事が返ってくる。今まで色々なアトラクションで見てきた雰囲気そのままだ。
さっきマスクを触ったグローブの指には何もベトベトするようなものは付いていない。しかし何か手応えには違和感があった。身体の脇で手のひらをぐっぐっと握りしめてみるとその原因が分かった。グローブの内側が汗で湿ったような、微妙な動かしづらさがある。
(緊張する、っていうのはこういうことなのかな……?)
自分では緊張していないつもりでも、無意識のうちに手汗をかいていたり、足が震えていたりすることがある。そのせいかと思った。だがこの場以上に緊張を強いられるこれまでの戦いの場面で、グローブの中にここまでの汗をかいて指の感覚が鈍るなどという経験はしたことがない。何かがおかしい、そんな疑念が頭をもたげ始めた。

一度気になり始めるとどうしてもそちらに注意が逸れてしまう。引いていかない汗のせいで肌に張り付いているスーツの裏地。特にイエローのレザージャケットの下の胸や背中、黒いレザーパンツに包まれた尻や内股といった部分は、ただ汗で濡れているだけではない感触で裏地素材が纏わり付いている。講義のセリフに集中しなければいけないのに、装備のことばかり気になって、まるで敵に狙われている時のような精神状態で、口調も硬くなってしまいそうだ。
「このコーナーではこの画面を見ながらエネルギーの歴史についておさらいをしていきます。はいっ」
くるりと後ろを振り返り、舞台に吊り下げられた黒板大のタッチパネルの端を手でポンとタッチすると、太陽と地球、地球の表面に密集したビルやタワーといったイラストが現れた。
「わたしたちが住んでいるこの地球には、昔から……」
講義はようやく本題に入ったばかりだが、イエローバスターは早くも、とにかく時間通りに終わらせなきゃ、という焦りに支配され始めていた。タッチパネル操作のために身体を大きく動かし、息を吸い込むと、それにつれて甘いフルーツの香りが強く濃くなっていく。ステージにはそんなものの存在を思わせる小道具も売店もないのに、イエローバスターのスーツの中にだけ甘くとろけるようなフレーバーが充満して、そこから逃れることができない。
開始前に食べたグミキャンディの味を思い出してみる。しかしそれとは少し違う、マンゴーやパパイヤ、パッションフルーツ…… といった南国の果物、もっと生のフルーツに近い香りがマスクの中に、いやスーツの内側全体に広がっている気がする。
「太陽は、こんな風に……っ……」
腕をぐっと上に伸ばすと、スーツの首元、胸元から生々しいトロピカルフルーツの匂いが立ち上ってきて、非現実的なほどの香気に頭がくらくらとした。マスクの中ではなく、明らかに首より下からだった。反射的に頭に思い浮かんだのは、グラスの縁に南国の花を飾った、黄色いトロピカルフルーツのデザート…… カットフルーツやゼリーのような……

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管理人の名前も鳥籠。
2chエロパロ板のヒロピンスレでの活動を経て個人ブログを立ち上げました。

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