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2015-12-31

泥浴(4)

そこで、あっと声を挙げそうになった。なぜ今まで思い出さなかったのだろう。たった2時間ほど前に倒した怪人、ゼリーロイドの能力がこの異変と直接に関連しているのでは、という可能性を全く考えていなかった。
ゼリーロイドが噴射していた液体ゼリーの素は、ゴーバスターズの足を滑らせるためのトラップでしかないと思っていたために、今の甘いデザートの香りとそれが結びついていなかった。だがゼリーでコーティングされた道路や階段をグローブ越しに手やひじで触った時の感覚は、今自分がスーツの内側で感じている物と通ずるものがあった。

汗ではなく、ゼリーがスーツの内面に塗り広げられている図を想像すると思わず叫び出しそうだった。スーツの表の面と同じような、明るいイエローのゼリー層が内側にも均一に塗りたくられている。しかもそれが自分の体温によって部分的に溶け、粘っこいジュースとなって、もちろんそれはスーツの外に出ていくことなくシンセティックレザーの生地と身体の間を満たし続けている…… しかし、そのイメージは残酷なまでに実際のスーツの着用感と完全に一致してしまっていた。
「あっ、あの……」
あやうく講義を中断しそうになったが、イベント終了までに説明しなければいけない内容、あと数分間のセリフの内容をざっと思い返して、とにかくその数分間だけはやり過ごそうと考える。ゼリーのヌメヌメした感触、甘ったるい香りは確かに不快だが、数分間我慢できないというほどのものではない。ここさえ乗り切れば次のコーナーへの切り替えのときに何とか対策することができる。
体温上昇によって溶けたゼリーがブーツの中に溜まり、歩くたびグジュリと音を立て始めたのに気付きながら、イエローバスターは講義を続行することにした。

「そして……ここで作られた電気が……」
スーツ内部の異変をはっきりと意識したためというだけではなく、ゼリーは明らかに加速度的に量を増していた。上半身も下半身も、恐らくは厚さ1センチほどの半液体のゼリーの層がスーツの裏地に構成され、ただでさえ厚みのあるレザー生地のバスタースーツをウェットスーツのような重量と拘束感に変えていた。
いや、拘束感に関しては他のどんな服にも例えようのないものだった。生地の引き攣りや抵抗を極限まで減らした造りのスーツの、内部だけが今のように変えられてしまっているせいで、結果としてゼリーの層だけが人間の形をして全身に満遍なく纏わり付いているのに近い状態になっている。身体をねっとりとした液体の塊に拘束されているような、されていないような、身体が重いのに同時に低重力状態でもあるような奇妙な浮遊感の中に置かれている。さらに加えて、甘いフルーツの香りが常に頭を取り巻いているのだった。
そんな状態でステージを歩き回り、タッチパネルを操作し、一人でずっと喋り続けなければならない。グローブの内装にもこってりとしたゼリーの膜は張っており、画面を触っても直接にスクリーンの感覚が伝わってこない。タッチの精度も悪くなっているようだ。
当然ながら、黄色いブーツの中は溶けたゼリーが溜まって最悪の状態になっていた。一歩歩くたびにじゅぶじゅぶ、くちゅくちゅとう音がスーツ中に満ち、自分の台詞さえ聞き取り辛くしている。スーツの中で溶けた黄色いゼリーがブーツの履き口や隙間から溢れ出しているような気がしてふと足元を見るが、残念ながら完全に気密を保ったままのバスタースーツから液体が漏れることはなかった。
「この…… 町じゅうに…… 町の、どこにいても……」
ステージの幅一杯のスクリーンを左右に行き来しながら、明らかにふらふらとした足取りになっているイエローバスターは観客席に視線を向ける。勉強の話に退屈した子供の姿はあっても、イエローバスター自身の異変には気付いている様子はなさそうだ、ともう。しかしそう思っているのは本人だけで、とりわけ舞台裏で見ているスタッフはその妙なぎこちなさを先程から不審がっていた。
「宇佐見さん、ちょっと何か……」
しかしそれでも流石に、イエローバスターが敵の攻撃を受けて……という発想には至らない。緊張と気疲れが公演の後半に一度に出てきたのではないか、という心配だった。

「そ、それから……この…… さい、最後に……!」
ジャケットやグローブの内側がじゅくじゅくとした泡立つ粘液に満たされている。タッチパネルを操作するために両腕を動かすと、胸や脇腹の敏感な部分が液体と固体のゼリー混合物で掻き撫でられ、その場にしゃがみ込みたくなるような感触を送り込んでくる。
広い画面のあちこちに浮かんだ青と緑のアイコンを両手でのろのろとタッチしていく。手も足も、少しでも動かすたびに人肌温度のゼリーによって全方向から素肌の上をヌルヌルと撫で回されて、なかば自分の意志で自分を深みに追い込んでいるに近い。
(あっ、あ……あぁ……)
イエローバスター、ヨーコはもうゼリー風呂の中に立ったまま浮かんでいるような感覚に捉えられたままマスク越しに外の世界を眺めていた。
(い、息が…… 空気が……)
せめて、マスクだけでも外して外の空気と繋がりたい。一呼吸だけでもいいからこのフルーツゼリーの匂いから逃れて正常な思考力を取り戻したい。あともう少しでこの解説を終えれば舞台裏に隠れられる。そう思って最後の数十秒をやり過ごそうとする。

「という……わけで……!」
画面最上部に浮かんだ太陽をタッチすれば画面が切り替わって、「おしまい」のメッセージが出るはずなのだ。しかし、その一操作のハードルが余りにも高い。
イエローバスターの身長では簡単に手が届かないくらいの場所に目的のアイコンが浮かんでいる。公演の初めごろは背伸びをしたり、軽くジャンプしたりして押していたあたりの場所だが、今は背筋をまっすぐ伸ばすことすら辛く、手でその位置に触れられる気がしない。
(あ、あとひとタッチだけなのに……)
思わず膝がぐらついて、中腰に近い姿勢になってしまう。脚が震えている。ここからほんの少し跳んで、とにかく画面上端をタッチすれば、と最後の力を振り絞ろうとするが、このゼリーに漬かった状態のスーツでそんなことをすれば着地で大失敗をしかねない。スクリーンに軽く片手を付き、何とか体勢を直立に近い状態に持っていって、そこからスクリーンにしがみ付くようにしてようやく右手をそろそろと上へ挙げていく。
(う……うっ……!)
グローブの中やジャケット前腕部あたりで溶けて溜まったゼリー液がじゅるじゅると音を立てながら腕を滑り落ち、脇腹や胸に流れ込む。意識に一瞬の空白ができ、一体自分が自分が何をしているのかを忘れそうになる。
左手を画面に添え、身体をやや斜めに伸ばし、そのまま、震える両足を爪先立ちの形に……
「あ……あぁ……っ……!」
そこでイエローバスターの気力と体力は限界を迎えた。背伸びした身体の前面をタッチスクリーンに擦り付けて、まるで正面から壁に叩き付けられたようなポーズでズルズルと崩れ落ちていく。

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2chエロパロ板のヒロピンスレでの活動を経て個人ブログを立ち上げました。

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